私が手を見て弾いてはいけないということを知ったのは、江口メソードという指導法を学ぶ中でのことでした。
手を見て弾くことがどれだけ弊害があることか、それを容認することが、あとあとどんなに悪い影響を及ぼすのかなど、実に興味深い内容でした。
この江口メソードについては、またいつかお話ししたい思いますが、今日は、どうしても目線が手にいってしまっていたKちゃんという生徒さんのことをお話します。
私が教室を開いたのはこの江口メソードを勉強した少しあとのこと。ですから教室に来る生徒さん達には、しつこいくらいに手を見ないで弾くように指導していました。家で練習するときにも手は見ないで弾くように、お母さんたちに注意して見ていただくように話していました。
教室を開いて3年目ぐらいのことだったでしょうか。当時1年生のKちゃんという女の子がいました。お母さんはきちんとした方で、毎日時間を決めて、練習する環境を作って下さっていました。練習も、よく付き添って下さっていたようです。
ある日のレッスンでお母さんがほとほと困ったという様子でこんなことを言いました。
「なんだかKはだめなんです・・・。指がさっと動かないし、手をみてしまうし・・・」
Kちゃんにはふたつ違いのお姉ちゃんがいて、お姉ちゃんは何も苦労することなくトントンとテキストが進み、楽譜もよめて上手に弾けるようになったのに、一方のKちゃんはたった一曲の短い曲が弾けるようになるまで、とても時間がかかる。
お母さんは、お姉ちゃんの時と同じようにKちゃんの練習につきそっているのに、いったい何が悪くてKちゃんがうまく弾けるようにならないのかと、とても困っていらっしゃったのです。
Kちゃんはレッスン中も、目線がしょっちゅう手の方にいっていました。
ハンカチで手元を隠しても目線が手元にいってしまいます。
きっと本人も意識しないうちに、思わず見てしまうのでしょう。
たくさんの生徒さんを見る中で、Kちゃんと同じように、どうしても目線が手にいってしまう子が、ある一定数いるというのは薄々わかっていました。
注意しても注意しても、思わず見てしまう。
なぜなんでしょう。
それは今考えるとそんなに難しいことではなかったのですが、当時の私はそんな簡単なことにも気付かなかったのです。
見ないで弾くには、ドの右側にあるのがレで、ドの左側にあるのはシだということを知っていなければいけない。鍵盤の配列を手が覚えていなければいけなかったのです。
弾いていくうちに自然に覚えられる子もいるのですが、Kちゃんはそれが覚えられていなかったのだと思います。
でもこの時の私はそんなことには気がつかず
「手を見ないで弾こうね」をただ繰り返すばかりのレッスンで・・・
今思うと、Kちゃんには本当に申し訳ないことをしたと思っています。
お母さんの
「なんだかKはだめなんです・・・。指がさっと動かないし、手をみてしまうし・・・」
という言葉を聞きながら、この時実は私も同じように困っていたのです。